【中学歴史】日中戦争と満州事変のポイント

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今回は、日中戦争について。この辺りになると、世界との結びつきも多く、あやふやに覚えていると、得点できませんので、しっかりおさえておきたいところです。日中戦争は、結局のところ、1937年に開戦し第2次世界大戦と同時に終戦を迎えることになる長い戦争です。

日中戦争

1937年に日中戦争が開戦したきっかけは、7月7日に発生した「盧溝橋事件」です。この事件は、日本軍が軍事演習を予め中国側に通達していたのにも関わらず、中国が敵襲と勘違いし、日本軍VS中国軍の戦いになりました。(そのような認識となっています。)

勘違いが起こったとされるのも、以下の背景からでしょう。

1931年に「満州事変」という事件があったことが大きいです。満州事変は、1931年9月18日に柳条湖郊外で、関東軍(満州駐留の大日本帝国の軍隊)が南満州鉄道を爆破した事件(柳条湖事件)をきっかけに、関東軍が満州全土を占領したという、大日本帝国と中華民国の武力紛争です。これで、抗日運動が徐々に激化していきます。以後、日本と中国は全面戦争へ発展し、日中戦争が開戦されました。

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重要な人物

  • 蒋介石(しょう かいせき)…盧溝橋事件後、抗日(日本に抗う)を推し進めた人物です。中国共産党との戦いに負け台湾へ亡命しました。

抗日民族統一戦線

1937年9月それまで対立していた蒋介石が率いる国民党と毛沢東を指導する中国共産党が協力して日本に対抗するため結成。泥沼化する戦争は、南京事件が象徴で、日本軍が一般人含む多数の中国人を殺害。中国での抗日知識が高まり戦争が全国中国全土に広がった。

国家総動員法(1938年)

国家総動員法とは、第二次世界大戦で日本の総力戦体制の根幹となった法律です。

国家総動員法により、定められた命令
  • 総動員業務のための国民の徴用
  • 従業者の労働条件と労働争議の予防と解決
  • 物資の生産、修理、配給、使用等、輸出や輸入と制限など

上記のように広範な制限がありました。長期に渡りこの命令を出していて、損失補償や罰則も規定していました。この法律は、1938年に第一次近衛内閣の時に制定されました。公布は、4月1日で施行は5月5日です。

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