【中学歴史】建武の新政のポイント

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建武の新政について学びます。鎌倉幕府が滅びたのち、後醍醐天皇が始めた政治体制です。

建武の新政

後醍醐天皇が天皇中心の新たな政治を始めますが2年ほどで終焉します。貴族(公家)中心の政治だっため、武士の不満が高まったのが原因です。後醍醐天皇は、それまで政権回復を目指し鎌倉幕府打倒を計画していましたが、2度失敗、隠岐(島根県)に流された経験があります。そのときは、幕府に不満の武士たちに助けてもらったにも関わらず、新政府では、貴族(公家)びいきの政策で、武士の要求を満たすことはありませんでした。

その政治に失望し、台頭してきたのが、足利尊氏で、武家政治の再興を呼びかけ、武士たちを集め、京都に幕府(北朝)を開きます。一方、後醍醐天皇は、奈良県の吉野(南朝)に逃れます。約半世紀つづく、南北朝時代のはじまりです。

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