【中学社会】大正デモクラシーのポイント

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「大正デモクラシー」についてまとめています。大正デモクラシーに関して、政党内閣の成立からその思想が生まれるまでの流れです。それでは、【中学社会】大正デモクラシーをみていきましょう。

政党内閣の成立

  • 第一次護憲運動…1912年、藩閥の桂太郎が組織。これは、藩閥をたおし、憲法に基づく政治を守ることを訴える運動です。その後、桂内閣は退陣します。
    確認【中学歴史】第一次護憲運動と第二次護憲運動
  • 大戦景気…第一世界大戦で日本が好況になります。これにより、重化学工業が発展します。
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米騒動

シベリア出兵によるコメの買い占めがあり、コメの値段がありました。これにより、コメの安売りを求める運動が全国に広がりました。始まった場所は、富山県魚津町からということも覚えておきましょう。

米騒動を経て、寺内正毅内閣が退陣。次の立憲政友会の原敬が首相、選挙法も改正され、政党内閣が成立します。

大正デモクラシー

民主主義が強く唱えられます。

  • 吉野作造…民本主義を唱える。民本主義とは、普通選挙法により国民の意向を政治に反映させようとする主義。これにより、普通選挙運動が発展します。
  • 美濃部達吉…天皇機関説を唱える。天皇機関説とは、主権は国家に。天王は国家の最高機関という考え方です。政党内閣制に理論的根拠を与えました。

大正文化

教育においては、中等、高等教育が普及。自由教育の運動も起こりました。大衆文化というのも特徴的で、新聞、週刊誌、活動写真、ラジオ放送も普及していきます。

文学では、西田幾多郎(哲学)。谷崎潤一郎、芥川龍之介、小林多喜二(作家)など多数の文化人が活躍。都市の生活でも、ガス、水道、電気が普及し、文化住宅と呼ばれる欧米風の外観や応接室も普及していきました。洋食や、女性の洋装が広まったのもこの時期です。

一方で、関東大震災が起こり、東京・横浜は、いったん壊滅状態になります。

大正時代の年号一覧

  • 1914年 第一次世界大戦←サラエボ事件
  • 1915年 二十一か条の要求
  • 1917年 口シア革命(レーニン)
  • 1918年 米騒動(富山県)、原敬の政党内閣成立
  • 1919年 三・一独立運動(ソウル)、ベルサイユ条約(パリ)
  • 1920年 国際連盟成立(ウィルソン)
  • 1921年 ワシントン会議で日英同盟の廃止
  • 1922年 全国水平社の設立
  • 1923年 関東大震災
  • 1925年 治安維持法、普通選挙法、ラジオ放送
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