【中学歴史】不平等条約と条約撤廃までのまとめ(練習問題)

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とりわけ1学期の実力テストや各塾の夏休みの最後のまとめテスト、学校の夏休み明けテストには頻出される不平等条約のところを、今回は、穴埋め形式で振り返ってみたいと思います。できなかったところは、今日のうちに、インプットそしてアウトプットしましょう。

不平等条約の締結

(    )に適語を入れよ。

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不平等条約の締結

アメリカ総領事(①     )と大老(②       )が交渉

交渉内容

1858年「日米修好通商条約」を結ぶ。「函館・神奈川・(③     )・(④     )・長崎」を開港

  • 「治外法権」を認める(内容):(⑤                      )
  • 「関税自主権」を認めない(内容):(⑥                    )

不平等条約の撤廃

ノルマントン号事件(イギリス船が和歌山県沖で沈没し、日本人乗客が全員水死した事件)は治外法権を撤廃させる契機となり、日清戦争直前の(⑦     )年、外務大臣(⑧     )の時、日英通商航海条約で治外法権は撤廃された。その後も関税自主権の回復が残されていたが、1905年日本は日露戦争に勝ち世界の列強の一員と認められ、(⑨    )年外相(⑩       )が関税自主権を勝ち取った。1910年に韓国を植民地にした1年後のことでした。

解答

①ハリス
②井伊直弼
③新潟
④兵庫
⑤日本国内で外国人が罪を犯した場合、その国の領事が裁判を行う権利
⑥日本が輸入品に対して関税を自由にかけることができない
⑦1894
⑧陸奥宗光
⑨1911
⑩小村寿太郎

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