日露戦争が美化される理由

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この戦争が起こって、まだほんの100年ちょっとしか経っていないことにも驚きですが、この1904年の「日露戦争」は、多くの人が、美化して語る戦争の1つでしょう。戦争はいけないことにも関わらず、大国ロシアにジャイアントキリングを起こし、勝利した戦争については美化される風潮も少し違和感を抱えます。しかしながら、当時の世界の雰囲気や情勢をみると、そう美化したくなる立場にいると、どちらかといえばそうなってしまう自分がいます。あの日露戦争に、敗北していたら、日本自体が消滅していた可能性も大いにあったことでしょう。

昔は、スポーツと戦争が同じようにとらえられた時代がありました。それは、歴史の教科者をみると一目瞭然です。ほとんど戦争のことを学びます。江戸時代の庶民が、どんなトイレを使っていたとか、いつ日本が生まれたとかは、歴史の教科者には書かれていません。

今回、リオオリンピックというスポーツの祭典で、日本人がメダルを獲得したり、活躍したりするとうれしいもので、日露戦争の勝利も、そういう感覚に近いのでしょう。

日露戦争が美化される理由

大国ロシアに勝った以上に、その勝利の仕方にあるのでしょう。文明国としての国際法を遵守して、勝利したことにあります。これには、世界中に驚きをもって伝えられ、敵国ロシア人は、日本人へ敬服を示した人も多かったようです。

その国際法とは、戦争規則であるハーグ平和条約です。日本は世界に先駆けて、戦時国際法を遵守する重要性を示しての戦争を行ったというわけです。さらに、日本は、その戦時国際法が規定する以上の待遇を行ったことも特筆すべきことなのかもしれません。ロシア人捕虜には、自国の待遇よりよく対応しています。衣食住に困らなかったとされ、日本に居続けたいというロシア人捕虜も多かったと言います。

また、一方では、極東の小国であった日本のこの勝利が、アジア諸国にも勇気や希望を与え、それぞれの国の発展に寄与したこともあるでしょう。

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戦争に、紛争に、テロに

今日も、またどこかで、”争い”は起こっています。戦争はよくないことですが、太平洋戦争以前までの戦争は、それでも、どこか正義があったように思えます。勝利する側に、これぐらいにしよう。これぐらいまでという配慮があったようにも思えます。それこそ、スポーツに近かったのでしょう。日本の戦国時代の戦なんて、まさにそうだと思います。

しかし、今の時代は、無作為で、短絡的で、破壊的となってしまいました。

そんな時代だからこそ、より日本の役割は、本当に大きいように思えます。1人ひとりが、世界に向けて、発信力を高めていくことが大事なのかもしれません。

戦争がいけないこと誰もが思っている日本人だからこそ、日本の核保有や軍隊の整備の有無に対しての熟議を重ねていく同時に、国会に向けてというより、世界に対して、平和と戦争について発信していく必要があるのかもしれません。戦争をしているのは、国会でなく、今は世界なのですから。

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