高校入試の歴史では、さまざまな出来事や事件が問われますが、似たような名称や複雑な背景を持つために間違えやすいものも少なくありません。一見すると混同しやすい内容が多く出題されます。
本記事では、高校入試によく出る歴史の重要な出来事や事件を、間違えやすいポイントとともにわかりやすく整理しました。しっかりと理解し、確実に得点できるようにしましょう!
入試に出る間違えやすい出来事・事件一覧
年号 | 出来事・事件名 | 内容 |
---|---|---|
1914 | 第一次世界大戦 | ヨーロッパで始まった大戦。日本も参戦し、中国のドイツ権益を獲得。 |
1915 | 二十一か条の要求 | 日本が中国(袁世凱政権)に対して出した要求。山東省のドイツ権益などを要求。 |
1919 | 五・四運動 | 中国で起こった反日運動。パリ講和会議で日本の二十一か条の要求が認められたことに反発。 |
1919 | 三・一独立運動 | 日本の植民地支配に反対し、朝鮮で独立を求める運動が起こる。日本が武力で鎮圧。 |
1928 | 五か年計画 | ソ連(スターリン政権)が進めた経済政策。農業・工業の急速な発展を目指した。 |
1932 | 五・一五事件 | 海軍の青年将校らが犬養毅首相を暗殺した事件。政党政治が終わるきっかけに。 |
1936 | 二・二六事件 | 陸軍の青年将校がクーデターを起こすが、鎮圧される。軍部の影響が強まる。 |
1955 | 55年体制 | 自民党と社会党が対立する政治体制。自民党の長期政権が続いた。 |
1973 | 第四次中東戦争 | イスラエルとアラブ諸国の戦争。この影響で石油価格が上がり、日本も「オイルショック」に。 |
●五・一五事件と二・二六事件 → どちらも軍のクーデターだが、五・一五は海軍、二・二六は陸軍。
●五・四運動と三・一独立運動 → どちらも日本への反発運動だが、五・四運動は中国、三・一独立運動は朝鮮。
●二十一か条の要求と五・四運動 → 二十一か条の要求がきっかけで五・四運動が起こる。
第一次世界大戦(1914)
サラエボでおきたオーストリア皇太子夫妻暗殺事件をきっかけに始まった戦争
- 三国協商…イギリス・フランス・ロシア
- 三国同盟…ドイツ・オーストリア・イタリア
二十一か条の要求(1915)
日本が、中国に対して、山東省のドイツ権益の継承、満州での権益拡大などを要求。
五・四運動(1919)
中国で反日・反帝国主義運動が起こる。孫文は、中国国民党を結成し、中国共産党と協力して国内の統一を目指しました。
三・一独立運動(1919)
朝鮮の日本からの独立運動。これにより、日本は朝鮮の人々の政治的な権利を一部認める。
五か年計画
ロシアのスターリンが計画経済(重工業中心、農業の集団化など)を行う。その当時、世界恐慌の影響を受けず、経済発展ができた。アメリカに次ぐ工業国となります。レーニンの後をついだスターリンですが、国の方針に批判的な考えを持つ人々を厳しく処罰していきました。
五・一五事件(1932)
海軍の青年将校などが犬養毅首相を暗殺。これを機に、政党内閣の時代が終わる。
二・二六事件(1936)
陸軍の青年将校が首相官邸や警視庁などを襲撃。これを機に、軍部の政治的な発言が強まっていく。
55年体制(1955)
自由民主党が与党で、社会党が野党第一党という体制。1993年に細川護熙首相誕生で終焉。2009年には民主党へ政権交代。
第四次中東戦争(1973)
この戦争をきっかけに、石油危機(オイルショック)が起きる。高度経済成長の終焉。その後、経済大国日本は、貿易黒字が増加するとともに、アメリカなどと貿易摩擦が深刻化しました。
以上が、【高校入試・歴史】入試に出る間違えやすい出来事・事件のまとめとなります。紛らしいところなので、テスト前には、毎回復習しておきたいですね。
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